2023年7月号掲載
歯科照合アプリを製作した研究者
自然災害の多いわが国において、東日本大震災以降、災害時における歯科界の各種対応について議論が進められている。そのようななか、2023年3月、熊谷章子氏(岩手医科大学准教授)は、2011年に岩手県歯科医師会が開発したデンタルチャートと行方不明者の生前情報を照合させるシステムをベースに、現代版にアップデートした歯科照合システム「36検索オンラインアプリ」をリリースした。本欄では、本システムの製作者である熊谷氏に開発経緯や今後の展望についてうかがった。
熊谷:2011年の東日本大震災では、被災死亡者の膨大な身元確認作業に追われました。そこで岩手県歯科医師会は、エクセルファイルをベースとしたデンタルチャート(治療痕形態などの歯科所見を記載する書式)と多数の行方不明者の生前情報を迅速に照合させるスクリーニングプログラム「36検索」を開発しました。誤認しづらく残存率が高い犬歯(3番)と第一大臼歯(6番)を「有り・無し・不明」の簡潔な情報で照合し、一連の遺体の個人識別作業の効率化を実現しました。
近年、これまでの災害時対応の教訓から法歯学の重要性が高まり、2017年、私が所属する岩手医科大学にも災害口腔医学分野が設立されました。私は法歯学の指導方法について模索し、たどり着いたのが「膨大な死者情報と行方不明者情報を照合させる訓練を行うこと」でした。しかし、当時開発された「36検索」はバージョンが古くなり起動しませんでした。
そこで私は、2021年秋より「36検索」をウェブアプリケーションとして現代版にアップデートする準備を始め、2022年春よりIT技術に長けた会社に開発を依頼しました。それが2023年3月にリリースした歯科照合システム「36検索オンラインアプリ」です。
本アプリは、遠隔から複数作業者が同一のシートに同時アクセスが可能です。作業時間の大幅な短縮を実現することで、肉体的・精神的にも負担を軽減できるようになりました。リリース前には、昨年開催された岩手県主催の総合防災訓練や山形県警察歯科医会研修会、本大学歯学部4年生の学生教育などで実証実験を行いました。今後は現場のみならず災害訓練や研修の場、学生教育での活用を期待しています。実用化に向けては個人情報保護の観点からセキュリティの課題も検討する必要があるため、アップデートを継続していきます。
また災害時には迅速な対応が求められるため、有事の際の個人識別に必要な生前の口腔内情報については、事前にデータベースとして管理しておくべきだと考えています。一方で、国民の歯科的な生前情報を全国単位でデータベース化するには、長い時間を要することが予想されるため、まずは地域単位で取り組むことがよいのではないかと思います。しかし、個人情報を管理するには前述した同様の理由から警察の理解を得ることが不可欠ですので、そのための周知活動も並行して行っていきたいと考えています。