評者:杉元敬弘(京都府・スギモト歯科医院)
本書の特長は, 症例数(なんとテーマが違う60症例)の豊富さであり,
実際に日常臨床で遭遇すると思われる事例がほとんど網羅されているといっても過言ではない.
さらには,Chapter 4 冒頭の“類似症例がすぐに見つかる! 症例早見表”により,目の前の症例を解決するためにどのページを見ればよいかが示され,臨床で困った時にすぐ答えが見つかる構成になっている.
また, 副題に「GPによる包括的歯科治療のために」とあるように,矯正のみならず欠損補綴や歯周病治療を必要とする症例も紹介され,評者のようなGP(一般開業医)にとって, 臨床に直結する待望の書籍となっている.各症例ともに,治療のための理論的な背景や具体的な手順も詳細に書かれているので,臨床経験の浅い先生からベテランの先生まで,診療室にぜひ置いてほしい有益な一冊である.
次に,本書のもう1つの核である著者の治療哲学について触れたい.近年の歯科医療はデジタルの登場などにより,パラダイムシフトを迎えているといっても過言ではないだろう.その流れは,歯科医療そのもの,とくに検査と診断,さらには治療体系をも変えつつある.その背景をふまえると,著者が提唱する歯科矯正学を含めた包括的歯科診療の行える“総合診断医”は,社会的にも求められていることがわかる.
一例を挙げると,中・高齢期に起こる歯列欠損の連鎖や機能障害,呼吸や誤嚥などの社会問題において,成長期における口腔内の問題が関係しており,以前では矯正または歯周病専門医に振り分けていた診断,治療を,総合的に判断して計画しなければならなくなっている.
具体的には,高齢期における補綴治療計画でも,単に欠損部位を回復するのではなく,治療後のQOL向上が必須となる.そのためには,患者の幼少期の問題を考慮する必要があり,治療方針はそれにより大きく左右される.このことからも明確なように,小児期から成人期にかけての矯正治療およびその診断は包括的歯科治療に必須であり,GPといえども避けて通ることはできない.
本書内にも記載されているように,日本の場合はGPが開業医の90%以上を占めており,各専門医が連携して1人の患者の治療を行うinterdisciplinary therapyが行える土壌が十分にあるとは言い難く,必然的にunidisciplinary therapy( 1名の歯科医師がすべての治療を行う“総合診断医”)を目指すことも方向性としては必要である.どのような治療環境を構築するにしても,本書に書かれている知識は必ず有効になるはずである.
最後に,本書では「臨床とは術者と患者の共同作業ではあるが,“患者本位”で“患者満足度”という点を治療選択肢のなかで優先順位の高いところにおいている」との記述がある.この文章のなかに著者の日常臨床が透けて見えるようで,より親近感をもつことができた.
評者:泉 英之(滋賀県・泉歯科医院)
石井彰夫先生が著書を執筆されているという話を聞いていたが,まさか私に書評の依頼が来るとは夢にも思っていなかった.なぜなら,私は基本的に成人矯正治療を行っておらず,書評を執筆できる知識も技術もないため,分不相応だと思ったからである.
しかし,実際に書籍を手にし,タイトルを見た瞬間にその不安は払拭され,「私でも書評を執筆できる」,いや,私のようなGPだからこそ,GPの気持ちがわかるために依頼があったのだと思うようになった.
本書はChapter 1 ~ 4 で構成されており,その特徴の1つは,矯正治療の基本として知っておくべき内容と,術者のレベルに合わせて取り組める症例がわかりやすく分類されているところである.つまり,これから矯正治療に取り組みたいと考える歯科医師にとって,どのような症例から行えばよいかが示されている.
もう1 つの特徴は圧倒的な症例数である.60症例という膨大な症例それぞれに,診断や治療方法が詳細に解説されており, 豊富な臨床テクニックは明日の臨床から役立つもの
ばかりである.
Chapter 1 は数ページであるが,GPが矯正治療を行う前に考えなければならないことが記載されてある.矯正治療は簡単ではなく,GPが気軽に取り組むべきものではないが,GPに矯正治療という選択肢があるからこそ患者利益が大きい場合もあり,そのメリットやデメリットについて熟知しなければならない.
Chapter 2 では, 冒頭に“矯正治療において,その成否は「診断で8 割が決まる」と言われるくらい,診断力の重要性が強調される”という矯正治療の格言が紹介されており,これには診断の極意が詰め込まれている.診断力は「術者の経験に大きく影響されている」と言われるが,本書は著者の豊富な経験から得られたエッセンスが詰め込まれていると感じた.
Chapter 3 では,材料・器具が紹介されているが,器具の紹介にとどまらず,どのように歯と上下顎骨の三次元的なコントロール(垂直的および水平的なコントロール方法,犬歯・大臼歯の位置のコントロール)を行うかについて解説されている.
Chapter 4 は,いよいよ圧巻の60症例であり,その60症例を矯正治療の技術的難易度別にステージ1 ~10の10段階に分類してある.
はじめには全症例が一覧(早見表)になっており,小児矯正か成人矯正かの“歯列期”,歯列不正のタイプやアングル,交叉咬合,萌出不全などの“診断名”,限局矯正か全顎矯正かの“矯正範囲”など,他にもさまざま項目で分類され,知りたい内容にすぐにアクセスできるようになっている.また,この項目を見るだけでも豊富な診断のポイントと治療テクニックが収載されていることがわかる.
さて,私の矯正臨床はステージ1 ,2 のようである.本書を熟読し,少しでも上のステージを目指し研鑽したいと思う.