2024年3月号掲載
【特別企画座談会】災害時対応に向けた体制づくりと人材育成の展開
そこで本座談会では、「災害時対応に向けた体制づくりと人材育成の展開」をテーマに自治体、歯科医師会、大学(大学病院)など多職種の立場の先生方にご協力いただき、これまでの取り組みをはじめそれぞれの地域特性から想定すべき対応や課題について共有するとともに、今後の災害時における体制整備と人材育成についてご意見をうかがいました。
(編集部)
保健所を軸とした地域連携
災害時の歯科職の役割
中久木:東日本大震災以降、災害歯科における体制整備が進められ、日本歯科医師会(以下、日歯)をはじめとするそれぞれの組織が地域の特性に応じた体制づくりや研修を行ってきました。2015年4月には、被災地の歯科医療救護や被災者の歯科支援活動を迅速に行うことを目的に「災害歯科保健医療連絡協議会」が設置され、2018年には国の助成金も支給されるようになり、円滑な災害歯科保健医療の展開に向けて全国的な対策指針や研修のあり方が検討されてきました。
そして、2022年には「日本災害歯科保健医療連絡協議会」(以下、連絡協議会)と名称が変更されました。また、災害時の分野横断的なケアマネジメント体制整備にあたり、保健・医療・福祉の連携が提唱されたことを受け、保健医療調整本部が「保健医療福祉調整本部」と改められるなど、多職種が共通言語のもとで迅速に支援活動を行うための体制整備や人材育成を強化する動きが加速しています。
さらに、2023年の防災基本計画の中にはJapan Dental Alliance Team(日本災害歯科支援チーム、以下、JDAT)が明記されたことをふまえて、歯科に対する期待が高まっています。国として体制整備や制度的な後押しは必要ですが、災害は地域で発生するため、おのずと被災地の都道府県や郡市区単位での対応が求められます。
本座談会では、災害歯科保健医療の体制づくりと人材育成の現状や今後の展開について、ご参加の先生方からご意見をいただければと思います。
本田:私は、北海道保健福祉部健康安全局地域保健課に所属しています。本日は北海道の保健所を中心とした地域ネットワークについて紹介させていただきます。北海道の面積は広範にわたるため、災害時対応においては保健所が地域ネットワークの役割を担っています。北海道の保健所は26拠点に配置されていまして、その中で歯科職が配置されているのは12拠点です。歯科職が配置されていない保健所においても、通常業務などで管理栄養士が歯科職の配置されている保健所と連携を図れる体制を構築しています。災害時に円滑な対応を行うには、保健所に勤務する歯科職が地域の多職種と連携を図れることがきわめて重要になると考えています。
北海道で大規模災害が発生した場合、北海道から北海道歯科医師会(以下、北海道歯)へ救護班の派遣要請が発出されます。北海道歯は、郡市区歯科医師会や大学、北海道歯科衛生士会、北海道歯科技工士会と協定を結んでいます。そのため、災害支援の際には迅速な連携を図れる体制が構築されています(図1)。
行政の対応としては災害対策本部が設置された後、保健福祉班として北海道保健医療福祉調整本部が設置されます(図2)。この調整本部では、すべての保健医療福祉活動チームの派遣調整および連携情報の整理・分析などを行い、支援チームの指揮情報連絡系統を担っています。また、被災保健所と連携して非被災保健所からDisaster Health Emergency Assistance Team(災害時健康危機管理支援チーム、以下、DHEAT)を要請できる体制を組み、指示調整機能が円滑に進むように支援を行うことで、迅速に対応できる連携を図っています。
以前は、歯科医師、歯科衛生士ともにDHEATのメンバーには入っていませんでしたが、2023年からは「歯科医師」、歯科衛生士は「その他専門職」という名目で仲間入りを果たしました。派遣の職種として歯科医師が明記されたことは大きな一歩であり、「災害時における『命を守る口腔ケア』としての歯科の役割に理解が得られたもの」だと認識しています。
地域特性を考慮した体制整備
地区単位のマニュアルの必要性
中久木:北海道では、保健所の歯科職の役割や北海道歯との連携のお話が出ました。宮崎県歯科医師会(以下、宮崎県歯)ではどのような連携や体制整備を行っていますか。
後藤:宮崎県は8地区を8つの保健所で管轄しています。ここ数年は新型コロナウイルスの影響もあり、体制づくりとして組織をつくるところまでで留まっている地域もあれば、研修会まで進んでいる地域もあります。各地区で災害時の歯科保健医療に対するより具体的な対策を周知していく必要があると感じています。
宮崎県は津波が発生した際、沿岸部と山間部で浸水域が異なることや、2011年に発生した新燃岳(鹿児島県と宮崎県の県境にある活火山)による火山災害や近年増加しつつある豪雨災害などもふまえると、同じ県内でも地域の特性を考慮した体制構築が必要であると考えています。現状では県災害対策マニュアルのみで、各郡市区の特性に沿ったマニュアルはありませんが、2023年10月に県の保健医療福祉調整本部の活動を進める動きがあり、各団体の災害担当の方々と一緒に県全体の体制整備に向けて取り組んでいるところです。
高野:後藤先生から沿岸部と山間部の地域の話がありましたが、私の所属している大学病院のある徳島県では、沿岸部と平地に歯科医院が集中しており、南海トラフ大地震が起きた際には県内の約70%(約300軒)の歯科医院が大きな被害を受けることが予測されます(図3)。また四国4県や大学間での包括的な連携協定は結ばれていますが、実際に被災地となった際にどれだけの歯科医療従事者が支援に動ける、あるいは動いてくれるのかという点は不安に感じるところです。
和泉:私の所属する藤田医科大学の愛知県では、事務局機能を有する災害対策本部を行政あるいは医師会の中に設置する地域もあれば、災害拠点病院内に設置する地域もありますし、対応はさまざまです。もちろん、発災時の場所や施設の耐震性といった立地的な理由などそれぞれ事情がありますので、災害対策本部の設置場所は、被災状況に応じて柔軟に対応することが求められると思います。
後藤先生がご指摘されたように、愛知県の事情からも地区の特性を考慮したうえで県全体のマニュアルに落とし込んでいくのは容易ではないと常々感じています。そういった事情からも地区単位でのマニュアル化が必要なのではないでしょうか。
災害時に対応できる人材育成
各地域での取り組み
中久木:県単位でのマニュアルは作成されていると思いますが、それぞれの地域の特性を考慮したうえでの災害対策がポイントになりそうですね。
ここまでは、地域ごとの災害時の歯科の体制整備について情報提供いただきました。現在日歯では、開催している協議会や研修会などをつうじて、災害時にコーディネートできる人材や、各地域でコアになる人材の育成に取り組んでいます。それぞれの地域の取り組みや進捗状況についてはいかがでしょうか。
後藤:宮崎県では、災害医療コーディネーター研修会や、県内各地区の災害担当役員を中心とした研修会を開催しています。内容は地域によって異なりますが、災害時対応の講義やアセスメント実習、デンタルチャート(治療痕形態などの歯科所見を記載する書式)を活用した身元確認などを行っているほか、Japan Medical Association Team(日本医師会災害医療チーム、JMAT)の研修会に参加させていただくこともありました(図4)。2016年の熊本地震の際には、Japan Disaster Rehabilitation Assistance Team(日本災害リハビリテーション支援協会、JRAT)と一緒にチームを編成して、被災地支援を行った実績もあります。
また2021年より、災害が発生した時に即座に支援活動をスタートできるような「災害対応初動パッケージ」を整備しました(図5)。初動パッケージは、熊本地震において本会から派遣した先遣隊の体験を基に、宮崎県歯会館から先遣隊として被災地区の災害対策本部に向かい、発災直後の急性期に歯科医師会の現地災害対策本部をスムーズに設置することを目的として準備しました。
高野:徳島県では、年に1回、災害時対応研究会を開催しています。ただこれまでの大規模災害で徳島県歯科医師会は出動していますが、徳島大学からの出動はありません。今後、南海トラフ地震が発生した場合、先ほど述べた約70%の歯科医院が被害を受けてしまう可能性があるなか、大学や大学病院は多数のスタッフが勤務していますので、支援活動などは対応しやすいと考えています。今後は研修会などをつうじて情報共有や共通認識を深めるほか、先ほど述べた包括連携協定をふまえて、四国間での大規模災害における事業計画(BCP)への大学の参画も、支援チーム数なども含めて具体的に検討されるべきかと考えています。
人材育成(研修)の必要性
人に依存しない災害対策へ
中久木:歯科は小規模歯科医院が大多数を占めますので、地域歯科医療を担う歯科医院が大きな被害を受けた際の大学や大学病院の役割は、非常に大切になると思われます。
先ほど高野先生がふれたように、南海トラフ地震のような大規模なものを除いて災害は地域単位で発生しますので、連絡協議会や各都道府県歯などをはじめとする組織の上層部が対応を理解していても現場の担当者は対応に苦慮するでしょうし、被災状況の把握だけなく災害支援には時間を要します。やはり迅速に対応するためには地域ごとの研修会は必要ですし、そのような場をつうじて地域の組織がサポートしあえるような体制づくりが望ましいですね。
最後に、今後の人材育成に関してそれぞれのお立場からメッセージをお願いいたします。
和泉:全国各地で災害が発生しているなか、どちらかというと災害時の対応には経験豊富ないわゆるレジェンド的な先生方が引っ張ってきた側面があったと思います。しかし、近年では災害が全国各地で発生しており今後の対応が急務であることを考えると、被災体験のない方でも対応できるような人に依存しない災害対応マニュアルをつくることが必要ですね。
人材育成に関して、研修会を開催して災害への理解を深めることは非常に大切で意義のあることですが、情報のインプットで終わるのではなく、「災害時にだれが指揮をとって、具体的にどのような災害支援を行うのか」というアウトプットまでの流れをそれぞれが理解することで、被災地の歯科医療救護や支援活動を迅速かつ効率良く行うことができると思います。
本田:北海道では各地区の保健所を災害対策の要としていますので、一か所で大きな研修会を行うというよりも地域単位で展開する方針をとっています。行政としては、研修会をつうじて保健所職員が一丸となって対応できる人材育成を目指しています。やはり有事だけのつながりでは円滑な連携は実現できませんので、各地域での研修会をつうじてお互いの理解を深め、平時から共通言語のもとで連携できる体制を構築したいですね。
高野:和泉先生がおっしゃられたように、災害対応に長けている先生の存在は現場としては本当にありがたく頼もしいと思います。しかし継続的な支援を考えた場合、周りの人員がその先生に頼りきりになってしまうことはなるべく避けたいですよね。だからこそ日歯が中心となって開催している、地域での災害対応に活かすための災害歯科保健医療体制研修会や、災害歯科コーディネーターを養成する災害歯科保健医療アドバンス研修会は非常に大切なことだと思います。
徳島県では大学ならびに大学病院での取り組みとして、災害歯科対応室のようなものを設置したり、災害対応の授業・実習を設けるなどして、歯学部生や若い研修医、勤務医に対して災害医療に関する教育や研修の機会を増やしていくことも検討されているようです(図6)。
後藤:これまで宮崎県で開催してきた研修会をつうじて、災害時においてそれぞれの職種がどのような役割を担っているのかを知ることができましたし、お互いに顔の見える関係性の構築や次回以降の研修会の開催にもつながりました。研修会をつうじた円滑な連携体制の構築への効果は非常に大きいと思います。
和泉:災害時の歯科保健医療の必要性については、平時から共通認識のもと多職種連携を行っていくことで、効率的な支援だけでなく避難所などの災害関連死を防ぐことにも貢献します。また、地域包括ケアシステムの延長が結果的に災害支援の体制構築にもつながるように思います。いずれにせよ、地域単位での災害対応を現場に落とし込んでいくための研修会はますます重要となるでしょう。
――本座談会が、現場の災害時対応のさらなる円滑化や向上の一助になれば幸いです。本日はありがとうございました。