2024年1月号掲載
【特別企画】座談会:災害歯科保健医療の体制構築と研修のあり方
新聞クイントでは2011年の東日本大震災以降、継続的に臨床現場にかかわる歯科医療従事者はもとより医療・介護従事者、行政などの関係者にご協力いただき、災害時の歯科保健医療体制と多職種との連携のあり方について情報提供を図っています。
本座談会では「災害歯科保健医療の体制構築と研修のあり方」をテーマに、日本歯科医師会、地方自治体、病院歯科、厚生労働省それぞれの立場の先生方から災害歯科保健医療の体制づくりについて現在までを振り返っていただきながら、今後の方向性などについてご意見をうかがいたいと思います。(編集部)
※本座談会は2023年1月下旬に収録しました。
日本災害歯科保健医療連絡協議会の設立経緯――東日本大震災の教訓を活かす
中久木:本座談会では、災害時の歯科保健医療活動とその体制の構築および研修について整理したいと思います。まず大規模災害時における歯科界の対応として、日本歯科医師会(以下、日歯)をはじめ都道府県歯科医師会(全国7地区歯科医師会)、日本歯科衛生士会、日本歯科技工士会、全国行政歯科技術職連絡会、日本病院歯科口腔外科協議会、日本歯科医学会などで構成される「災害歯科保健医療連絡協議会」が東日本大震災後の2015年4月に設置され、年に数回会議が開催されています。2022年8月には「日本災害歯科保健医療連絡協議会(以下、連絡協議会)」*1と名称変更し、現在に至っています。災害歯科保健医療体制研修会については、小玉先生からご説明いただけますでしょうか。
小玉:研修会は、災害歯科保健医療体制研修会と災害歯科保健医療アドバンス研修会を「厚生労働省 医療関係者研修費等補助金 災害医療チーム等養成支援事業 災害歯科保健医療チーム養成支援事業」として実施しています。体制研修会は今後起こり得る大規模災害に備え、円滑な災害歯科保健医療の展開に向けて、災害時に関係機関や関係団体との共通言語のもとで適確かつ迅速に対応できる者を養成し、各都道府県に配置することを目的としています。
2018年度からは国の補助金をいただき実施され、2022年度で5年目を迎えました。国の事業として予算化される前は、2010年度より災害コーディネーター研修会を開催し、2012年度からは全国7地区の都道府県歯科医師会の協力のもと「災害歯科コーディネーター(災害歯科保健医療・身元確認)研修会」を実施しています。
その後、2021年度には災害歯科保健医療に関する標準テキストが作成され、2022年度からはeラーニングの研修も運用されています。またアドバンス研修会*2は、2020年度から実施しており、3年目となります。日歯では、引き続き研修会および連絡協議会での協議をふまえてさらにレベルの高い人材の育成を目指しているところです。
災害対応で求められる共通言語
中久木:災害関連の研修会が充実してきた1つの契機として、先ほど述べた連絡協議会が設立され、関係する組織が一緒に議論するという体制ができたことが挙げられます。さらに、本協議会が地域歯科医療の復旧を支援することなどを目的として、2022年3月にJDAT(Japan Dental Alliance Team:日本災害歯科支援チーム)*3を創設しました。
本日は連絡協議会の参画団体から長先生、そして立本先生にもご参加いただいています。
長:私が所属する全国行政歯科技術職連絡会(以下、行歯会)は、設立されて18年になります。地方自治体に勤務する歯科医師、歯科衛生士で構成し、会員数は約800名で主にメーリングリストを通じて情報共有を行っています。
災害に関しては、2015年に日歯から行歯会に対して連絡協議会立ち上げへの参画の依頼をいただきました。当時、私が会長でしたが理事会で承認後、参画し現在に至ります。行歯会が連絡協議会に参画する大きな意義として、全国共通の認識をもつことの大切さが挙げられます。通常、各自治体で行っている歯科保健事業などは地域の特性に応じてさまざまですが、災害時は小玉先生からもご説明ありました共通言語のもとに対応することが求められます。
また、熊本地震をきっかけに“受援”という体制が自治体に求められるようになりました。東日本大震災以降に発生した災害で1つとして同じ対応はなかったというところで、地域の特性を考慮した災害対策を平時から意識しなければならないと感じています。
立本:私の所属する日本病院歯科口腔外科協議会は1986年に設立され、今年で38年目になります。会員数は約500名で推移しています。会員の多くは、全国の災害拠点病院や地域の基幹病院、各医療圏の地域医療連携病院に勤務しており、各施設の実情に応じた医療を行っています。私は災害拠点病院に勤務していますが、病院の設立母体や所属される先生方の実情などを考えますと、災害歯科保健医療に関する知識や関心に温度差があります。
災害時の口腔外科診療となると、DMAT(災害派遣医療チーム)やJMAT(日本医師会災害医療チーム)に視点が向きがちですが、病院歯科は最近では多様化した医療ニーズに対応しています。このたびJDAT(日本災害歯科支援チーム)が創設されましたが、有病者の歯科医療をはじめ口腔ケア管理や摂食・嚥下機能評価、さらには周術期口腔機能管理など、多岐にわたる平時のノウハウを災害時に活かすことが求められるでしょうし、研修会参加や訓練を通じて実際に活かすことができると思います。
中久木:本日は、私たちが現在取り組んでいる研修会について予算的な支援だけでなく全般的なサポートをしてくださっている厚生労働省の小嶺先生にも出席していただいています。
小嶺:現在は厚生労働省保険局医療課に在籍していますが、昨年12月までは医政局歯科保健課の歯科口腔保健推進室室長、その前は課長補佐として歯科保健課に在籍していました。在籍中には、日歯の連絡協議会にも厚生労働省の立場で何度か参加させていただき、国の補助事業である体制研修についてもかかわらせていただきました。
私が災害歯科にかかわるきっかけの1つは、2011年の東日本大震災で、当時は東北大学の職員でした。厚生労働省の職員となったのは2011年10月で、その後しばらくは歯科保健課以外の部署で勤務し、数年前に歯科保健課に配属となりました。先ほど先生方がご説明された災害歯科に関する研修体制づくりに予算確保も含めてかかわらせていただき、東日本大震災の経験から何か貢献できたらと思っていたので、非常に貴重な経験でした。
その後、歯科口腔保健推進室では、歯科口腔保健の推進の観点から、自治体での災害時の歯科保健のあり方を考えてきました。
中久木:阪神淡路大震災のあとに新潟県中越地震と新潟県中越沖地震の2つの地震を経て体制整備が少し進んできていたものの、その時点ではあくまでも災害対策基本法の中で動いており、都道府県単位での対応でした。東日本大震災では都道府県単位を超えた対応が必要とされましたが、リソースはあってもそれがうまく活用できず機能しきれなかった部分について対応するために、日歯が連絡協議会を設立しました。
小玉:日歯は2022年に『2040年を見据えた歯科ビジョン』を刊行し、これからの歯科保健医療活動についてまとめました。その中にも自然災害発生時の緊急歯科医療の提供、また災害関連死の防止、避難生活における口腔健康管理の継続的な実施、関連団体との連携、人材育成も含め記載されています。各都道府県における災害歯科支援チームの編成については、2021年4月に都道府県歯科医師会に通達しました。先ほどJDATの話が出ましたが、現在各都道府県の実情に合わせた大学や歯科衛生士会、歯科技工士会と連携して、連絡協議会のメンバー、所属団体の中での対応を考慮し、保健所単位でのチーム編成をお願いしているところです。
中久木:JDATについては、その後合同通知に掲載されたこともあり、各県での認識は広がりつつあると思います。都道府県レベルでは、歯科医師会が都道府県の行政職と一緒に動いたり、医療との連携では病院勤務の方々とご一緒することが多いかと思います。地域の特性に応じた対応が必要でしょう。
災害対応を円滑にするための制度的な支援(通知)の必要性
中久木:災害時の対応として、自治体の歯科専門職といっても部署が異なれば対応もさまざまです。そのようなことを理解されないまま、自治体の職員という括りだけでいろいろなお願いをされたり、対応に苦慮されたりしていることもお聞きします。
長:自治体の対応については地域によって温度差があり、一律にはいかないのが現状だと思います。被災経験がある県でさえ歯科保健医療について災害対策の中にどのように盛り込めばよいかといろいろな苦労をされています。
そこで行歯会としては、2021年に開催された第80回日本公衆衛生学会総会の中で「公衆衛生における歯科保健を考える~災害時の多職種連携のために必要なこと」をテーマに自由集会を実施し、会員に向けてアンケート調査も行いました。その中で最終的に各会員から寄せられた声が、「やはり国からの通知や指針がほしい」ということでした。災害に限ったことではありませんが、いくら歯科専門職から必要性を挙げたとしても、組織の中で通らないこともあります。施策を進めていく場合は国からの通知や指針といった制度的な後押しが必要となります。
小嶺:私もその自由集会に参加させていただき、国からの通知や指針の必要性を実感しました。ただし、現場の声を聞いていると、そもそも災害時の歯科保健医療の必要性について、根本的な理解に温度差があるということがわかりました。都道府県で災害時の歯科保健活動を行うときの指針のようなものを国で通知として出すためには、現場の状況も含めた基になる考え方が必要ですので、中久木先生を中心とした厚生労働科学研究でとりまとめをお願いしました。
並行して、歯科口腔保健の推進に関する専門委員会において、歯科口腔保健の推進に関する基本的事項の中に明示的に項目として災害発生時の歯科口腔保健の重要性も位置づけることについて議論をさせていただき、現在最終調整が行われている段階です。
もう1つ自治体にとって重要なのが、人材育成です。自治体における歯科保健業務に関する指針は1997年に出されたものがありますが、その後見直しが行われていませんでした。そこで、2021年度の委託事業の中で見直しをするための検討を行ったところです。
長:業務指針の中に位置づけられると、歯科専門職のいない自治体でも歯科を担当する職員が実施するので、自治体は自分事として考えなければなりません。
中久木:自治体の仕事であっても担当者がすべて対応するわけではなく、歯科医師会を中心とした地域の専門職が協力することになります。私は、その連携の中で非常に重要なポジションは歯科診療所だけではなく病院歯科にもあると考えており、医療支援全体と歯科保健医療支援とをつなぐ役割に期待しています。普段から歯科診療所と医科(病院)との間を病院歯科が埋めることで地域歯科保健医療は成り立っているともいえます。したがって、現在の連絡協議会でもつねに自治体の歯科専門職、歯科診療所、病院歯科の代表者が参画者として議論の中に入っているということは、位置づけとして大きな役割があります。
立本:高知県の場合は県歯科医師会などのはたらきかけもあり、2014年度から災害歯科医療に関する協定(県歯科医師会、高知大学、高知学園大学、徳島大学、高知医療センター)が県主導で締結され、今日まで歯科衛生士会や歯科技工士会も含めた所属団体の代表が毎年集まり、互いに顔の見える関係として県内の体制整備を継続しています。先にご紹介ありました「体制研修会」も県下3地区で、昨年県歯科医師会主導で初めて開催されました。中久木先生がおっしゃるように一連の取組みは、行政側が施設間をつなぐ形で体制整備されるのが望ましいかと思います。そうすることで各地域の参画団体の防災に対する危機意識や自主性が芽生えてくると、JDATへの取り組みにスムーズに入っていけるように思います。
中久木:高知県は地域の特性上、災害に関して意識が高く、早い段階で自治体も含めた形での連絡協議会のような組織が立ち上がっていたり、災害医療コーディネーターに歯科が入っていたりということも含めて、県全体として協議が進んでいます。引き続きいろいろな制度をフル活用して、さまざまな方向から体制づくりを進めてほしいと思います。
災害対応の経験を活かすための人材育成
中久木:日歯での体制研修会は、次のステージへ進むべくいろいろな取り組みが検討されています。今後の方向性についてお聞かせください。
小玉:研修会は、令和3年度に標準テキストを作成し、令和4年度には研修システム(eラーニング)を構築しましたので、会員の先生方や関係者の皆様に活用していただきたいと思います。
それと併せて今までの研修会に準じた形でどういったことができるのか、また都道府県レベルで先進的な取り組みをされている情報を日歯が収集して、その他の県に提案して進めていく体制も検討しています。
中久木:eラーニングの内容は行歯会も担当していただき、受講者が自治体の立場や役割などがわかりやすく理解できるような構成になっています。
長:日歯のeラーニングは繰り返しの受講も可能で、自治体の歯科専門職としての役割について理解が深まりました。実際に受講した若手職員も気づきが得られたようですし、コロナ禍で制限があるなか、全国一律の共通したeラーニングで知識が学べるシステムはとても良いと思います。また、日本歯科衛生士会も災害に対するeラーニングを実施しています。少しずつですが会員にも浸透し、現在登録者は1,000名を超えました。今後もeラーニングを活用していただきたいと思います。
立本:日本病院歯科口腔外科協議会の中では、JDATも含めて災害時の歯科保健医療体制を正しく理解してもらうために、まずは災害に関する専門委員会を立ち上げることを検討しています。また四国地区を例にとりますと、当協議会に所属する先生は少数ですので、非会員の病院歯科の先生にも呼び掛けを行い、「理解と関心」そして「各地域の取組み」をいかに喚起していくのかが大きな課題です。
中久木:たとえば裾野を広げるということも必要ですが、それとともにくさびを打っていく。つまり継続的に災害にかかわる人材を育成することが求められると思います。
小嶺:東日本大震災を経験して思ったことは、大規模な災害が発生すると、歯科医師をはじめ非常に多くの歯科医療関係者の方が何らかの形で支援活動に協力したいと考えてくださる一方で、支援する側の一方的な思いだけで被災地に入ることは、被災者の方の負担になることもあるということです。その思いを活かすためには、災害時にある程度コーディネートできる人材、コアになる人材を育て、支援のための体制づくりを進めることが必要です。
また病院歯科の先生方は、歯科以外の方々と平時から連携されていることが多いと思いますので、病院歯科は各地域でコアになる重要な役割を担っていただけるのではないかと思っています。
長:会員の声として、たとえば自治体と歯科医師会は、協定は結んでいるけれども具体的にどうしていいかわからないということも挙げられています。しかし、災害のことを学べば学ぶほど平時の関係性がすごく大事でそれが整備されていれば、発災時にも必ず活きるはずです。私たち行政職の仕事は町づくりですから、そういった意味で歯科に限らず保健や福祉、教育も含め、横のつながりがとても大切ではないでしょうか。
中久木:今回の座談会によって、災害歯科保健医療の体制構築が少しでも一歩前に進むような情報発信になれば幸いです。
――本日はありがとうございました。