2020年5月号掲載
神奈川歯科大学特任教授に就任した
2003年に相撲界からの引退を発表して17年。平成の大横綱とよばれた第65代横綱・貴乃花光司氏が、本年4月に神奈川歯科大学の特任教授に就任した。相撲界のレジェンドがいま、学生に伝えたい想いとは――。本欄では、現役時代に経験した噛み合わせの重要性や春から始まる授業など、業界初の独占インタビューを掲載する。
貴乃花:現役時代は、歯のトラブルでとても苦労しました。力士同士がぶつかる時の衝撃は約1トン前後だといわれています。そのため、歯ぐきが腫れ上がって痛みが出ることもありました。その頃に出会ったのが、全身の健康を歯と口からサポートしてくださった歯科医師の先生です。先生に歯科治療をしていただくなかで、噛み合わせの重要性に気がつきました。噛み合わせを整えることで体のバランスも安定してきて、精神の軸、つまり心のバランスが取りやすくなったのです。体のバランスを整えるためには、下半身、特に足の裏を鍛えることも大切で、土踏まずを地面につけた状態で噛み合わせると心がすっと落ち着いてきます。こうした関係は目に見えない部分ですが、神奈川歯科大学の川上正人准教授と共同でスポーツ歯科医学の分野から論文発表の準備を進めています。
力士にとって、引退後の体を一般的な体型に戻していくことは、実は現役の体型を維持することよりも大変です。体重だけでなく筋力が落ちてくると、ちょっとした湿度や気温の変化でも身体が痛みます。そのような身体のトラブルを軽減してくれる動作が、現役を引退してからも毎日かかさずやっている相撲の基本動作「四股」です。
四股は簡単な動きで、体のバランスを整えることができます。たんに足を上げるだけが四股ではなく、両足を地面に付けたまま腰を下ろすことが大事で、正しく行えば1回上げるのが精一杯なほど足が震えてきます。普段から鍛えている方でも、「こんなに使っていない筋肉があったのか」と驚かれるほどです。ですから四股は体幹を鍛える最善のトレーニングといってもよいでしょう。
新型コロナウイルスの影響によって屋内で過ごす機会が増えていますが、狭い場所でもできるのが四股の特長です。必要な道具は自分の体重だけなので負担が少なく、体を動かすことはストレス解消にもなります。普段の生活の中に四股の動きを取り入れていくことで、歯のように下半身と上半身の“噛み合わせ”を整えていただきたいと思います。授業では、まずは四股のトレーニング(シコアサイズ)の実技を行う予定です。
下半身のトレーニングは、私たちが本来もっている体重(力)を活用して、健康に長生きをするためにとても大切です。そのうえで、相撲道で学んできた日本の作法や礼節などの伝統文化を国内外に発信・普及していきたいと思いますし、私が理事を務める貴乃花道場もこの信念の下に活動しています。
今後は、多くの人に「裸足で鍛える文化」を伝えていきたいですね。