2023年3月号掲載
歯科技工界の巨星墜つ
1970年代の10年間をボスのもとで過ごさせていただいた。ボスの歯科技工に取り組む姿勢は、まさしく「技魂」の精神を体感させられる日々であり、私の歯科技工の基礎を形成することとなった。
1980年前半、ポーセレンファーネスはすべての操作が手動であり、当時のメタルセラミックスは焼成後の気泡やクラックの発生など、日常起こりうることであった。私の「窯番」時代、ボスの築盛したフルマウスの焼成作業で焼成温度を間違い、ビー玉を作ってしまった。その時の私への怒りは計り知れないと思われたが、後日そのフルマウスは完成していた。何事にも責任転嫁などはいっさいしない、ボスの懐の大きさを実感した出来事であり、その後ボスは、全自動真空焼成ポーセレンファーネスの開発に携わっている。
そして、10年足らずのセラミック技工の経験で1982年にそれらの問題の解決方法を体系的にまとめ上げた『ザ・メタルセラミックス』は、後に世界中のセラミストのバイブルとなる。天然歯のエナメル質の物性を有するオパール陶材は、天然歯の色彩表現の具現化を可能とする画期的な発見であり、今なお歯科医療に貢献している発明である。
ボスの手がけた数えきれない研究や商品開発は、特別な補綴装置を作るためではない。「本物であることの普通」を可能にするためであり、ボスの歯科技工に対する信念、まさに「技魂」であろう。
(片岡繁夫・大阪セラミックトレーニングセンター所長)